Stab the edged knife!





 マキは、怖い。
 切れるとあっち側に行ってしまう。
 自分でも抑えられないんだって言ってた。そんなの私の知ったこっちゃない。
 だけどマキは私の男だ。
 今のところ。
 そして、マキが切れることの大半が、私に関する事に偏っている。
 だから怖い。マキの執着が。
 だって私そこまでマキのこと好きじゃないし。と言うか、好きかどうかわからない。
 セックスは気にいってる。
 暴力と紙一重のセックス。
 別に私はマゾじゃないから、痛いのがイイわけじゃない。
 その中に時々見え隠れする不器用な優しさがいいのだ。
 上手く言葉で伝えられない。それを言葉にするにはまだ、私には経験が足りない、から。

 「ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ」

 下衆に騒ぎ立てる男子たちの声に、私は眉を顰めて後ろを振り返る。
 うちのクラスの虐められっ子。
 「ノビタ」が、例の如く虐められている。
 と言っても、虐めてるのは数人の男子のグループだ。他のクラスメイトは見てみぬフリ。
 虐められてる瞬間は助けないくせに、他の時は「友達です」みたいな顔をしているあいつらも虫唾が走るけど、虐めてるやつらはもっと嫌い。
 今度はなんの遊びか。
 私は溜息を吐きながら、目の前の机を蹴り飛ばした。

 「うるさぁーい」

 机の倒れる派手な音と、私のやる気のないだるい声がミスマッチに教室に響く。
 男子たちは一瞬頭に血の上ったような顔をして、それから、「やめとけよ」とか「マキの女だぞ」とかひそひそと小声で相談をし、何も言わずにノビタを解放した。
 小心者!
 マキは私とクラスが違う。けれど、有名人だ。
 クラスが違っていたところで、私に手でも上げた事が知れたら半殺しにされるだろう。
 何せ、服装チェックと銘打って私の足を撫でまわしてくれたセクハラ教師は、私が蹴りをお見舞いする前にマキにボコられた。
 自分があの二の舞になるところでも想像したのか、私の脇を通って教室を出て行くあいつらの顔は微妙に引き攣っていた。
 そうやって強者の影に怯えるくせに、自分より弱いものには虚勢を張る。馬鹿じゃねーの。
 ノビタもノビタで、噛み付いてやるくらいの事は出来ないのか。
 小動物よろしく肩を震わせ、大き目の瞳いっぱいに涙を溜めて、そう言う顔が相手の加虐心を煽ると言うのに。

 「椎名さん、あの、ありが…」
 「はー?あんたを助けたわけじゃないけど」

 ひっくり返った机を戻そうと手をかけたら、男にしてはやけに華奢な腕が伸びて、私より先に机を戻す。
 散らばってしまった教科書やノートを黙々と拾い集めてその上に置くと、少し伸びた前髪に表情が隠れるくらい俯いて、小さく、「でも助かったから」と呟いた。
 ノビタは所謂美少年だ。
 瓶底みたいに分厚い眼鏡をかけたガリ勉君だからあまり目立たないけど、クラスの女子にも実は密かに人気がある。
 本人は知らないみたいだけど。
 それに何より、まだ成長過程にあるせいか発育不全なのか、肉付きが薄くて華奢で背もあまり高くなく柔和な顔は、男子の中にあるより、女子の環の中にいたほうが違和感がない。
 それが気にいらないんだろう。ヤりたい盛りの同級生君たちは。
 馬鹿らしい。ガキっぽい。くだらない。
 少なくともマキは。
 そこいらへんは大人だ。
 虐めには加担しない。切れると手がつけられなくても、教師からすら恐れられていても、正気のマキが向かって行くのはいつも自分と同等か、或いは強いものばかりだ。大人とか。
 好きかどうかは置いておいて、マキのそんな性格は、悪くないと思う。
 大勢でつるんでないと安心できなくて、自分より弱いものにしか手を上げられない馬鹿より、よほど。





 「…ノビタ。ここ女子トイレ」

 授業をサボって屋上にいた私は、冷えてトイレに行きたくなった。
 だからぺたぺたとリノリウムの床の上にやる気のない音を立てながら手近な女子トイレに入ったんだけど、そこにノビタがいた。
 ノビタは明らかに怯えた顔でこちらを見て、私がクラスの男子でないと確認するとほっと肩の力を抜いたようだった。

 「あ、あの…眼鏡…ここに放り投げられて…」

 か細い声で言いながら、もう私を振り返りもせずにあたりを見渡している。
 ああ、眼鏡してなかったのか。道理で一瞬誰だか分からなかったはずだ。
 それにしても、ノビタはホントに眼鏡がないと何も見えないのか。探しものはすぐ足元に転がっているのに、どうやら気付いてない。

 「あんた、踏むよ、探しもの」
 「え…」

 ノビタが声を発するのと、めき、と言う音が響くのはほぼ同時だった。
 せっかく教えてあげたのに、自分で踏みやがった。馬鹿なやつ。

 「あ…」

 呆然と足元を眺め、次いで慌てたようにしゃがみこむ。
 無残な有様になった眼鏡を拾い上げ、困ったように眉を寄せる。
 多分、女の私よりよほど可愛い顔をする。

 「俺、ないと黒板見えなくて…」

 ノビタの一人称、「俺」なんだ。ちょっと意外。てっきり「ボク」だと思ってた。

 「椎名さん、あの…」
 「なに」
 「授業…受けられないから、先生に早退するって、伝えて…」
 「は?早退届?んーなもんいちいち出す必要ないっつの」

 私は伸びた茶髪を面倒くさそうにがりがりとかき回し、呆れたように言ってやる。
 そもそもすっかり授業をサボっているわけだから、今更だ。

 「あんたさあ、眼鏡なしでちゃんと歩けんの?」
 「う、うん。平気。何も見えないわけじゃ…っ!」

 と言いながら、手を洗おうと手洗い場に移動しながらこけた。
 ノビタの目は節穴だ。
 あんなに目の前に聳え立っている扉に気付かずぶつかる馬鹿、コント以外ではじめて見たよ、私。

 「ほら、手」
 「うん?なに?」
 「教えてやったのに踏み潰したでしょ、眼鏡」
 「あ、うん。俺昔から間が悪くて」
 「責任の一端を感じるわけよ」
 「そんなの!椎名さんのせいじゃないよ。教えてくれてありがとう」

 …きらきらしてる。
 こいつは。
 きっと生まれる性を間違えた。
 女子に生まれてたら、虐められるどころかちやほやされて可愛がられたに違いない。女子からも嫌われにくい性格だし。
 と言うより、今現在女子に人気はあるが、異性としてと言う人気ではない。
 馬鹿じゃないだろうか。
 ちゃんと教えてやる気があるのなら、その眼鏡はあんたの足に踏み潰される事はなかっただろう。

 「ばぁーか。私がサボる口実。行くよノビタ」
 「う、うん」

 強引に手を掴んでトイレから引きずり出す。
 ノビタは別に抵抗する事なくすんなりついてきた。
 本当にこいつ、馬鹿なんじゃないかな。
 いやにのろのろついてくるから苛々して振り返ったら、ノビタはずっとズボンを押さえて歩いてる。

 「トロイんだけど」
 「ごめん。ズボン…切られちゃって…」
 「は?」

 見れば確かに、裾を出したシャツで隠してるけど、ズボンが不自然だ。

 「それなら早く言いなよ。ちょっと寄り道」

 別に何か考えていたわけじゃない。多分私の中でも、ノビタはクラスメイトの「男子」と言うよりクラスメイトの「女子」と言う感覚なのだと思う。





 「…これさあ、手入れ、してるわけじゃないよね?」
 「してないよ!って言うかどうして俺がスカート!?」
 「私がズボンの替えなんて持ってるわけないでしょ」
 「そう、だけど…」

 更衣室に連れ込んで、ノビタに放り投げたのは、私の替えのスカート。
 ノビタが驚いて目を見開くまで、相手が「男」だって事が私の中から消え去っていたのだから仕方がない。
 それにしても見事にほとんど毛の生えてない白い足だ。
 多少ごつくはあるけど。

 「いいよ、ズボン、押さえてれば履けるし」
 「はー?なに言ってんの。面白いじゃん。ルーソー履いちゃえばわかんないって」
 「わかるよ。見るからに変だよ」

 困ったように言うけど。
 実際、別に変じゃない。
 あのスカート、丈が長めだから予備にロッカーに放りこんあるんだし、ルーソー履いちゃえば足のごつさは全然わからない。
 膝がちょっとごついかなって思うけど、これよりずっとごつくてみっともない足の女子高生なんて腐るほどいる。
 発育不全の太腿は華奢で、スカート履いてても違和感がない。
 そもそも仕草が元々男らしくないんだから、挙動不審にならなければいくらでも誤魔化せるだろう。

 「ついでだからちょっとメイクして顔誤魔化せばさ、ノビタだってわかんないよ」
 「め、メイク!?」
 「いいからじっとする。そんで目を閉じる」
 「あの、椎名さん俺…っ」
 「ノビタが学校サボってるって見つかるよりいいじゃん。ぱっと見誰かわかんないよ」

 う…、と言葉を詰まらせると、ノビタは大人しくなった。
 悪戯半分、だった。
 でも元が可愛い顔なんだからいいじゃない、これくらいの悪戯。
 私は、意外と背が高かった(男としては低いけど)ノビタの顔を、腕によりをかけて美少女に作り変えたのだった。





 繋いだ手は、思ったより男らしかった。と言っても見た目より骨っぽいんだなとか、女子同士で繋ぐよりは大きいんだなとか、その程度だけど。

 「ね、椎名さん、見られてるよ。やっぱり変だよ」
 「馬鹿。美少女が二人歩いてるから目立つんでしょ」
 「椎名さんは美人だけど、俺は変だよやっぱり…」
 「うじうじしてると余計目立つよ。ほら、あんたんちどっち」
 「あ、ごめん。えーと…」

 ぎゅーっと目を細めて通りを見渡す。
 ホントに目が悪いんだ。

 「あの信号、右に入って…」
 「コンタクトにすれば?」
 「それから、…え?なに?」
 「眼鏡やめればって言ったの」

 きょとんとした顔で私を見ると、あー、とか、うー、とか口の中で呻いて、何かを言い淀む。
 はっきりしないやつだ。だからノビタだなんてあだな付けられるのに。

 「怖い…から、コンタクト…」

 イマドキコンタクトが怖いなんて。
 呆れるくらいこいつは「ノビタ」だ。

 「あんなの、ちょっと目に入れるだけじゃん」
 「直接入れるの、怖くない?」
 「カラコンとか入れてるけど、私」
 「目、悪いの?」
 「両目1.5ー。スタイルでしょ、そんなの」
 「…椎名さんって、かっこいいね」

 そう言って笑ったノビタは、「ノビタ」じゃなくて正真正銘美少女だった。





 「ユイ、なにやってんの、お前」

 マキに呼ばれて振り返る。

 「教室に忘れもんした」
 「あっそ。俺ダチと約束あんだわ」
 「じゃあ行けば?」
 「そん代わりさ、夜うちこいよ」
 「そん代わり、じゃなくてマキがヤりたいだけっしょ」
 「そーゆーなよ、な、ユイ?」

 少し眉を下げて笑う。
 マキは私には甘い。
 私の我侭は聞いてくれる。
 やだ、とか、行きたくないと言えば引き下がる。
 私以外の人間に対してアレだけ切れると手がつけられないのに、私にだって、セックスの時はアレだけケダモノなのに。
 マキがどうしてそこまで私に拘るのかは知らないけど、そんな空間、「私は特別」と言う優越感が心地いいのは確かだった。

 「気が向いたらメール入れる」
 「ホント気紛れな、お前」
 「切れて当り散らさないでよね」
 「しねーよ。じゃーな」

 と言うけど。
 果たしてマキが切れて当り散らさない保障はない。
 私がボコられるわけじゃないから関係ないけど。
 だるそうに踵を引きずって歩いて行くマキの背を見送って、私は教室へと向かった。
 もう誰もいない教室。
 放課後の教室は嫌いじゃない。人に溢れて騒々しいよりよほどいい。
 その方が落ち着くし、取り残された感じがなんとも言えずに気にいってるのだ。
 忘れ物は嘘じゃないけど、そんな教室に舞い戻るための口実である事は確かだ。
 ドアに手をかけたところで、中から悲鳴にも似た声が空気を裂いて響いた。

 「お前らうっとぉしい」

 わざと注意を引くように乱暴にドアを開け放つと、案の定ノビタが虐められている真っ最中。
 ノビタに馬乗りになってる男子が持ってるのはカッター。
 そしてあたりには、引き裂かれたシャツの残骸が散らばっていた。

 「邪魔すんなよ椎名!マキの女だからってちょーしのってんじゃねーぞ!?」
 「はー?アホじゃねーの。今マキいないし。あんたらが勝手にマキにびびってるだけじゃん」
 「手前ぇ…」
 「なになに?ノビタの代わりに虐めてくれんのかなー?そんな度胸あったら、ノビタなんか虐めねーよな?それもつるんでさ」
 「この…っ」

 殴りかかってきた男子の拳は、あたしの顔に届く直前で他のやつに押さえ込まれた。
 無表情にそれを眺めやる。
 殴りたいなら殴れば?別に私は、誰に殴られたかマキにチクる気はない。
 私が言わなければ、きっとクラスの男子が片っ端から切れたマキの餌食になるだろうが、そんなの私の知ったこっちゃない。
 女子も犠牲になるかもしれない。何せ切れてしまえばマキの目に映るのは、私とそれ以外の「もの」でしかなくなるから。

 「殴んねーの?このチキンが」
 「マキに捨てられたら輪姦してやるよ」
 「はっ!なっさけねー捨て台詞」

 鼻で笑ってやると、男子の顔は見る見る紅潮し、いっそどす黒くなった。

 「やめ…てよ、椎名さんは関係ない、から」

 小さく弱々しくノビタの声が響く。

 「ノビタは黙ってろ!」

 憂さ晴らしとでも言わんばかりに、ノビタの脇腹を蹴る。
 あ。
 なんか切れた。
 私は、目の前でどす黒い顔をしている男子の鳩尾を爪先で蹴り上げる。

 「死ねよカス!」

 ついでに、手近にあった椅子を振り回して手加減なく殴りつけた。
 無抵抗な人間に暴力を振るうやつが、嫌いだ。
 自分より弱いやつにしか当たれない馬鹿が、嫌いだ。
 別にノビタだから助けるわけじゃない。

 「もー許さねえ!」

 マキへの恐怖より怒りのほうが強くなった男子の手が私の肩を掴む。
 そのままブレザーごとシャツの胸倉を掴み上げられ、ボタンが幾つか飛んだ。

 「へーえ。マキが執着してるって言うだけあって、結構胸でけーじゃん」
 「頭ん中そればっかかよ」

 吐き気がする。
 みんな死んじまえ。
 マキの力を借りる気なんてそもそもないけど、こいつらを殺してくれるなら私はマキにだって頼る。

 「やめろ!椎名さんに触るな!」

 完全に頭に血が上っていた私の耳に、ノビタの声が響く。
 がむしゃらに暴れるようにして私の胸倉を捕まえていた男子に体当たりすると、必死になって私を庇っている。
 肩、震えてるけど。

 「はー?ノビタ君は椎名が好きなんですかー?それこそマキに殺されっぞお前」
 「違う!」

 鋭く否定する声は、ノビタらしくなく、少し男らしかった。
 それに毒気を抜かれたのか、それとも今更マキを敵に回す恐怖に襲われたのか、男子どもはそそくさと教室をあとにして行った。
 その途端、へなへなと足が萎えたようにその場にしゃがみこむ。

 「はは!ノビタ男らしかったじゃん!」
 「あの、ごめんね…また迷惑かけちゃって…」
 「だから、別にあんたを助けたわけじゃない。私ああいうの嫌いなの。一人じゃ何も出来なくて、つるんで弱いやつばっかり標的にして」
 「やっぱり、椎名さんはかっこいいね」

 気の抜けた声で言いながらしゃがんだ体勢のまま私を見上げる。
 乱された黒髪。ずれた眼鏡。悪戯半分に裂かれたシャツから覗く、白い肌。
 多分そのときにカッターで傷つけられたのだろう。白い肌の上に幾筋か走る赤がやけに艶かしかった。

 「椎名さん?」
 「あんたは女に生まれるべきだったんだよ」

 言いながら、屈んで、男にしては細い首筋に指を這わせる。
 緊張か、それとも反射的にか肌が強張った。
 何故だか私は興奮した。
 ぼろぼろのシャツから覗いた骨っぽい肩に。くっきり浮いた鎖骨に。白い肌に走る朱に。私は、興奮した。
 目を見開いてこちらを見つめる瞳に、薄く開いた少し薄めの唇に。
 気がついたら、ノビタは私の下にいた。
 相変わらず黒目がちな目を見開いて。でも、何故か無抵抗で。

 「し、いな…さん…?」
 「間違えたのは私のほうだ」
 「どし…た…っ」

 薄いけれど柔らかい唇に、自分のそれを重ねる。
 間違えたのは私のほうだ。私に、ノビタを貫くナイフはない。
 誰かを犯せるペニスはない。
 私は。
 興奮しているのに。こいつを犯したい、喘がせたい、泣かせたい。
 イラついていたのは。
 クラスの男子にではなく。
 私以外の誰かが、ノビタを泣かせる事に。

 「名前」
 「な…に…」
 「あんたの名前、私知らない」
 「…秋月、ユウ…」

 私と一文字違いの名前。
 私は笑った。
 我ながら泣き笑いのような顔で。





 私は興奮を抱えたままの身体でマキのところへ行き、犯されることでは沈められない興奮に眩暈がしていた。

 「お前、上の空だっただろ。好きなやつでも出来た?」

 私が浮気をしても、マキは寛大だ。
 身体で繋がっていられればいいらしい。
 別れる、とさえ言わなければ、大抵の浮気をマキは許容する。
 別れると言えば待っているのは切れたマキ、なわけだけど。
 そのときばかりは私も殴られる。多分いつか殺される。
 マキは寛大だ。けれど執着は尋常じゃない。
 母親に対してもそうだ。
 再婚話を切り出した母親を、マキは相手の男ともども病院送りにした。
 母親が誰と寝ようが誰と交際しようが干渉しない。だけど、自分の母親じゃなくなることだけは絶対に許さない。
 マキと母親の二人で暮らす家の中に、他の男を招くことだけは許さない。
 戸籍上に、血の繋がった父親以外を入れる事を、絶対に許さない。
 それさえしなければマキは切れない。
 私に対してもそうだ。
 マキのものであれば、他の男と寝ても、マキの誘いを断っても、切れる事はないのだ。
 たとえセックスの最中に他の男の事を考えていようとも。

 「上の空だった。だけど別に好きなやつが出来たんじゃないよ。犯したいやつがいる」
 「…またお前、変な事言い出すな」
 「私にはついてない。誰かを犯せるものが。でも犯したい。私の下で喘がせたい。騎乗位とかそう言うんじゃなくて身体を心を貫きたい」

 私は多分、いつになく真剣な顔をしていたのだと思う。
 マキは少し笑うと、私を引き寄せた。

 「みんなはさ、お前が俺に振り回されて可哀想っつーんだよ。でも実際イっちゃってんのってお前のほうだよな」

 言われて、少し日に焼けた、やけに大人びた顔のマキを見つめる。
 実際。
 マキはどうすれば切れるか分かっている。地雷さえ踏まなければ、喧嘩も強いし怖いけど、いいやつだ。
 虐めとか嫌いだし、一本筋が通ってるし。切れた時は不条理だけど。
 けれど私は、自分でも何が地雷かわからない。
 女だからマキほどの事が出来ないだけで、切れた私も、割りと手がつけられない。

 「ねえマキ」
 「んー?」
 「私の代わりに犯してよ」
 「俺、強姦とか趣味じゃねー。知ってんだろ?いやがるやつに突っ込まない」
 「知ってる。でも相手が男なら関係ないでしょ」
 「野郎のケツ掘る趣味はもっとねーよ」
 「だって共有できるのマキしかいない。私が狂ってるなんて最初から知ってたでしょ。だから私を選んだんでしょ。私に貸してよ、身体」
 「…怖い女」

 泣かせたい。
 私の手で。
 他の誰かに虐められてる姿じゃなくて。
 私に泣かされるノビタを、「ユウ」を見たい。

 「お願い、マキ」
 「………考えとく」

 呆れたように溜息を落とすマキを横目に、私は自分の想像に興奮していた。
 それがとても尋常でない執着であり妄想であることくらい自覚している。
 マキの執着に劣らないくらい、歪んでる。

 「ユウ」
 「あ?」
 「そいつの名前。私と一文字違い」
 「ふーん」

 興味なさそうに返事をするマキを一瞥し、自分の中に燻るどす黒くて、けれど曲がりようもなく真っ直ぐな気持ちに、名前を付けられずにいる。
 愛じゃない。
 恋じゃない。
 独占欲?
 所有欲?
 執着?
 よく、わからない昂ぶり。
 理解不能の興奮。
 少しわかった。マキの気持ちが。
 今ならきっと、ユウに触れるもの全てに切れる、私。
 私に触れるもの全てに切れるマキみたいに。
 私とマキは同じ思考を共有してる。
 マキから逃げようなんて思いもしなかった理由はきっとそれなんだ。
 そして。
 私がマキを受け入れるだろう事をマキが嗅ぎ付けたのと同じように、私も嗅ぎ付けてる。
 ユウは私を拒まない。
 それはケモノの直感だ。
 そしてその直感は、大体正しい。
 もしマキが協力してくれなくても、私がユウを犯せなくても、それでも絶対手放せない。
 可哀想なユウ。
 ユウを想う私の頬に無邪気な笑みが浮かぶ。
 可哀想なユウ。
 きっとあんたが望むのは別の形なのに、ね。
 綺麗なあんたに似合って、きっと恋愛でも友情でもない仄かで甘い、そんな綺麗な形に違いない。
 無邪気な笑みが翳る。
 自分が狂っているのだと、今更自覚するかのように。
 けれど賽は投げられた。
 もう引き返せない。私も、あんたも、それからマキも
―――。



過去友人の会報に寄稿したオリジナル(笑)
データ出てきたよ、って友人が送ってきたんですが、何を書いているんだあたしorz
倒錯愛、がテーマだったんですけどね。倒錯って言うか偏執…ですよ…ね…<常にテーマを外します。
ユイが一番ぶっ飛んでる、ってのをどのへんで出そうか頭を悩ませた記憶がうすらぼんやり残ってます。
そして、マキの名前もフルネームで考えてたはずなんですが忘れました(薄情)
タイトルは「尖ったナイフを突き立てろ!」ってニュアンスで。<それも忘れていた人。

2002年・脱稿日不明・07/05/14微改稿(ほぼ原文ですが)